TDR Feedback Compressor IIの解説

TDR Feedback Compressor II
フィードバック方式、Peak・RMSの二段階検知、オーバーサンプリングなどの技術で、自然・精密かつ音楽的なコンプレッションを可能にしたプラグインです。
オーバーサンプリングによるエイリアスや精密さの問題の改善、ディテクションの変更、サチュレーション部の削除等が前バージョンからの主な変更点で、
バージョン1の頃の魅力を伸ばしつつ使いやすさにも焦点を当てて機能を洗練させています。

内部挙動について

一般的なコンプと比べて耳慣れない単語やパラメータが多いため戸惑うかと思いますが、
内部挙動について知る事がこのプラグインを使いこなすための第一歩だと思います。

フィードバックコンプレッションとは

このプラグインが採用しているフィードバックコンプレッション方式とは?という話の前に、
まず最初に、最近のコンプはほとんどがFeedforward(フィードフォワード)という方式で、
以下のように入力信号をそのまま基準にしてどうコンプレッションをするか決めます。
FeedForward

一方このフィードバック方式というのは、一度コンプした信号を基準にしてどうコンプレッションをします。
もう少し別の言い方をすると、フィードフォワードは元の信号を検知信号として使い、フィードバックは入力を一度リダクションした信号を検知信号として使います。
FeedBack

そのため各パラメータが干渉しあったり、アタック・リリースやレシオが素材によって変動したりと設定の難しい部分もありますが、
音楽的な音で、2mix等の調整の難しい複雑な音のコンプレッションに最適です。

オーバーサンプリングによるエイリアスと精密さの問題の改善

バージョン2になって検知信号と実際に処理される信号の両方がそれぞれオーバーサンプリングされるようになりました。

・実際の処理信号
エイリアスで音質が劣化するのを防ぐために、最低二倍(44.1kHz時だと88.2kHz)のオーバーサンプリングがされます。
この時、圧縮された信号(Deltaスイッチでモニタリング可能)のみがオーバーサンプリングされ、そうでない元の信号には何も処理を加えずに出力します。
そのため、このプラグインはコンプレッションが無い場合には音質の変化がありません。
・検知信号のオーバーサンプリング
エイリアスを避けて正確なスレッショルドやタイミングの信号を作り出すために、最低352.8kHzまでアップサンプリングされます。

Peak・RMS検知回路

複雑なダイナミクスを処理できるように、このコンプレッサにはPeak・RMSの二つの検知回路が並列で実装されています。
Peak/RMS Path
A. Peak検知(図の黒い波形)
実際の信号に沿った検知です。
B. RMS検知(図の赤い波形)
人間の聴感に近い反応速度で検知をします。
早いピークはスルーされ、波形の定常的な部分を処理するスローでスムースなコンプレッションです。

これら二つの検知結果の、リダクション量が多い方のカーブを足し合わせた結果がコンプレッションカーブとなります。(一番下の図の黄緑色の線のように、鋭いピークにはpeakコンプレッション、ダイナミクスが少ない箇所にはrmsコンプレッションがかかるようになります)
このアプローチで両者の利点を生かし弱点を補い合うようなコンプレッションができます。

パラメータとtips

以下、一般的なコンプレッサと同じ部分の説明は省いて、ポイントとなるパラメータやtipsだけ取り上げてみます。

操作関連

Shift+ドラッグで微調整、Ctrl+ドラッグでパラメータのリセットが出来ます。

Threashould

フィードバック方式なので圧縮が多くなるほどスレッショルドに引っ掛かりにくくなる事に注意です。

Peak Crest

メインのスレッショルドに対するピーク回路のスレッショルドを調整します。
Peak Crestを0dBにするとpeak・RMS回路両方のスレッショルドの値が等しくなり、
Peak Crestを高くするとピーク回路のスレッショルドが浅くなってゆき、早い音(トランジェント)のレベルの高い部分のみをコンプレッションするようになったり、ピークコンプレッションをほとんど無効にできます。

Peak Ratio

デフォルトモード(スイッチが下側の時)では、peakとRMS回路で同じレシオが使われます。
“LIM”モード(スイッチが上側の時)ではpeak回路のレシオは7:1に固定され、RMSのレシオはツマミで設定した通りになります。

Ratio

1.0:1から7.0:1まで0.1単位で調整できます

Makeup GainとDry Mix

Makeup gainはコンプレッションした信号のレベルを、Dry mixはコンプレッションしていない信号の混ぜ具合を調整します。dry wetつまみと合わせる事でパラレルコンプレッションの調整ができ、dryとwetの比率はTransfer Functionに表示されます。

Output Gain

Makeup GainとDry Mixを調整して足し合わせた後の信号のレベルを設定できます。

Sidechain Filter

フィルターとしては珍しいおよそ3dB/Octのハイパスフィルターを搭載しています。これはピンクノイズのような周波数分布にする事を意図していて、最も音楽的な信号とされているので、検知信号を良い感じにイコライジングできます。結果としては透明感のあるコンプレッションが出来ます。
ベースをコンプレッションする時はSCフィルターをオフにすると良い結果が得られるかもしれません。

Sidechain Stereo Diff

SideChain Stereo Differenceの略で、要するにステレオリンクの設定です。

100%にするとステレオリンク状態になり、両チャンネルのうちレベルが高い方にあわせて、両チャンネルに同じコンプレッションをします。ステレオイメージを崩しません。

0%にすると、Sum(L+R=M)の信号をトリガとして両チャンネルを等量にコンプレッションします。
Stereo Difference(L-R=Side)情報を無視してコンプレッションをします。
ステレオの広がりがコンプレッションによって変化しますが、センターイメージは崩れません。

アタック

スレッショルドを超えてから最大のリダクションになるまでにかかる時間を設定します。
このプラグインでは1サンプルより早い反応をさせる事ができますが、アタックタイムが速すぎると低域が歪んでしまうので注意して設定してください。

PEAK/RMS リリース

TDR Feedback compressorは素材に合わせて最適なリリースが動的に選択されます。青と赤二つのLEDがアクティブなリリースを表示します。

“Release Peak”は短いオーバーロード(早いトランジェント等)の後にどのくらい速く復帰するかを決めます。
“Release RMS”はサスティンのあるトーンや定常状態の素材がどれくらい早くリカバリするかを決めます。

以下の画像はテストトーンをコンプレッションした前後のイメージです。スネアのような瞬間的なピークの音とロングトーンの音、そしてエフェクトの効果をわかりやすくするためにバックグラウンドノイズを混ぜてあります。瞬間的なピークによるリダクション(薄青部分)はオレンジ色部分のリダクションよりも早くリカバリします。
Release example
二つのリリースは色々な素材に音楽的に作用します。例えば2mixでは、ドラムヒット等のピークに対しては短いリリースでコンプのかかりすぎを防ぐ一方、ベースラインやシンセパッド等の持続音に対しては長いリリースでパンピングや歪みを目立たなくする事ができます。

2mixのような複雑な信号をコンプレッションする時は、”Release Peak”の値は25~200ms、”Release RMS”は200ms以上を推奨します。遅い設定はドラムソロやボンゴ、アカペラなどダイナミクスの激しい素材に有効です。

Peak検知はRMS検知より敏感なため、”Release RMS”を”Release Peak”よりも早い値にしてPeak Crestを低くすると”Release Peak”の設定のみが有効なシングルリリースモードになり、一般的なコンプレッサのように動作します。

Peak Crestを右に回しきり、Release Peakを最小にすればPeak検知をオフに出来ます。

Transfer Function、GRメータ

Transfer Function and Gain Reduction Meter
左側のグラフはコンプレッションのゲインカーブを表示します。
青い直線はコンプレッサ全体のゲイン推移を示し、その上の半透明な部分はPeak Crestを操作した時のピーク回路のゲイン推移を表します。
赤い横線がスレッショルド、その下の深赤色の領域はソフトニーの範囲です。
このグラフは0dB~-65dBまでの範囲をカバーします。

右側のゲインリダクションメータはゲインリダクションの量を表示します。深い青色の棒はゲインリダクションの最大量をピークホールドで表示します。メータ部分をクリックするとスケールのレンジを切り替えられ、メータの底に赤色のラインが出ると、そのスケール以上のリダクションが起きている事を意味します。

Precise/Eco モード

Preciseモードにすると、CPU負荷が高くなる変わりに音質も良くなります。
Ecoモードは逆に音質が下がる代わりにCPU負荷は軽くなります。

DELTA

オリジナルの素材とコンプレッション後の信号の差をモニターできます。「コンプレッサが実際どんな風に圧縮しているか」というのを確認でき、パラメータを変えるとどのように効果に反映されるか理解するのに便利です。

BYPASS

全処理をバイパスします。プロセッサのレイテンシは正確に補完され、比較しやすいように処理は中断されません。